青々と広がる海に 何を求めて居たのか
優しく抱き締めて欲しかった?
もっと突き放して欲しかった?

本当の優しさなんて 此の世には 何処にも存在しないのだろう
憎しみがあって 初めて 優しさがあるのだから


海

初めて海に行ったのは 2ヶ月前。
彼氏の庸馬と一緒に行った。
まだ2月で、風が少し冷たかった。

海岸を2人で並んで歩く。其れだけで私の心は暖かくなる。
冷たい風にさらされた小さな手を握り締めて、庸馬は笑う。

「お前の手、冷てぇ。氷みてぇだ」

其の少しくぐもった様な、低い、大人っぽい声が好きだった。
何時もは無愛想で、一匹狼の彼。
本当は虚勢を張っていたのね。
寂しかったんだよね。
そんな弱い貴方も好き。
貴方の白い頬や赤い唇、黒く少し伸ばしている髪も、綺麗な指も、大きな掌も、時折見せる哀しげな笑顔も。
全て好きだった。
好きだから、一緒に居るのが辛かった。貴方の考えてる事、見ているものが分かってしまったから。

それから2ヶ月して。
私は貴方を海へ誘った。

私の少し乾いてしまった唇から発せられた言葉。

「別れましょう」

周りの世界から色が消えた。
心臓を摑まれたような衝撃。
びくりと指が痙攣する。

貴方の顔を見ると、ガラス細工の様な瞳から泪が零れていた。

お願い 泣かないで。
泣いたら 続きが言えないでしょう。

「ごめん」

何で謝るの? 貴方が悪い訳じゃないのに。
悪いのは全て私なのに。

貴方の瞳からは泪がぽろぽろ流れ続けた。
泪を腕で拭って、哀しそうな笑顔で笑った。

お願い 笑わないで
哀しそうな顔をしないで。
そんな顔をさせたいわけじゃないのに。


貴方は今、見つめ続けた人と幸せそうに笑っている。
私と居たときよりも、ずっとずっと幸せでしょう。

貴方の心が私に向いていない事なんて、前から知っていた事。
なのに
泪が零れてくるのは何故?

あの時貴方が謝ったのは、私が其れに気付いてしまったから。
そんな事も分からないなんて 私は大馬鹿者。

だから今、此の広い海に溶けてしまいましょう。
誰も探さなくて良いように
貴方の笑顔が見えぬように
貴方の泣き顔が見えぬように

――海は何時でも優しいのに――