ああ、頭が痛い。関節も酷く痛むし、最悪じゃないか。 「は、」 心因性の呼吸障害に因って、上手く酸素が入って来ない。 漸く吐いた息は断片化されて空中に散って行った。 「ねえちょっと洋君、此れ、見て。可愛いでしょ」 なんて云いながら、ベッドの中で意識朦朧としてる自分に、今日買って来たばかりのシフォンスカートを腰に宛がってひらひらさせる彼女。 人の気も知らないで。 半分呆れつつも、ひくついた笑みを浮かべる。 満足したのか、彼女は鼻歌を唄いながらキッチンへ立った。 軽く木のぶつかる音がして、足音が遠ざかる。 風邪を引いたのなんて、何年振りだろうか。 確か彼女と付き合いたての頃、ディズニーランドか何処かで雨に降られて二人して引いた記憶がある。多分、其れが最後。 こんなのも思い出よねと、鼻水をずるずるさせながら云う彼女は今思い出しても笑える。 「そうだね、良い思い出だ、」 ぽつりと呟く。少々自嘲気味に。 もう一度大きく溜め息を吐いて、再び眠ろうと瞼を閉じた。 彼女は大変我儘だ。 其の上気分屋で寂しがりで、加えて嫉妬が激しい。執着心も強い。 人の弱みを握るのが好きで、人の云う事に一々突っ掛かって来ては文句を云う。 初めて逢った頃は本当に絵に描いた様な可愛らしい女の子で恥らい方なんてそりゃあもう! あ、駄目だ。目が冴えて来た、頭も熱い。 もぞもぞと芋虫みたいに蠢く自分は情けない。彼女に嵌った自分も情けない。 ああ何だか全部が情けなくて惨めに思えて来て仕舞った。其処に転がってる靴下さえも。否、そんな事は無かった。 ちゃんと洗濯に出してくれ。と少々懇願気味に、心の中で願う。 そんな矢先、彼女の高い短い悲鳴と共に、何かが割れる音が響いた。 あーあ、また割ったのかよ。 とほほ、と本当に漫画の主人公みたいに泣き笑いがこぼれる。 「何であんなのに惚れちゃったのかなぁー・・・」 普段は下らない、と嫌悪する様な事を考えちゃったりするのも、きっと熱の所為だろう。 自分も駄目駄目だなとか思いつつも、頭の中は彼女との想い出を反芻している。 そう、初めから、特に可愛いとか仕事が出来るとか、そう云う人じゃなかった。 大学で同じ教授の講義を受けて、偶にある飲み会で一緒の席に居合わせたりしたぐらいだ。 ずっと女友達といて男とは喋ってなかったし、目立つ事は一切無かった。 悪い噂が無い代わりに、良い噂も聞かなかった。 成績もそこそこでファッションセンスは・・・まあ普通、かな。 辛うじて料理が出来たくらいで、あとは人並みか、其れ以下。 今迄の自分だったら、気にも留めないし、きっと馬鹿にしていただろう。 自分ってつくづく馬鹿な男だよな、なんて半泣き状態でごろごろしていると、鼻先を甘い匂いが掠った。 彼女が作る中で一番美味く、彼女も得意だと自慢するミルク粥の匂いだ。 痛む上半身を起こしつつ、彼女を待つ。 程無く部屋は甘い香りでいっぱいになった。白い湯気を立てる皿が円テーブルに置かれる。 「洋君、大丈夫?」 テーブルの下を片付けながら彼女が云ったのに、大丈夫、と早口に答えて皿の前に身体を滑らせる。 スプーンに掬って良く冷ましてから舌の上に乗せる。 控えめな甘さが口の中でとろける様に広がる。そして、思う。 何だかんだ云いつつも彼女を好きな理由、其れは、子供っぽい処も含め、彼女がこうやって優しく微笑んで呉れてる、傍に居てくれてる事が嬉しいからなんだ、と。