こんなに泣いたのは、何年振りだろうか。
ずっと前に経験した 此の感じ。
少し肌寒い10月の下旬。
山積みになっているCDの中から適当に、ディスクを取り出しコンポに放り込む。
黒いスピーカーから流れてきたのは、酷く優しい旋律と、耳に残る独特な声。

「チェリー」

窓から差し込む優しい光は、ゆっくりと街を包み込んでゆく。
其れとは正反対に、俺は1人で考えていた。
実は昨日、友達の百合と喧嘩した。
彼女が何故怒ったのかが良く分からない。

悶々と考え込む頭に、懐かしいメロディー。
頭の譜面に、御玉杓子が踊りだす。勿論歌詞付きで。
ぁ…と顔を上げる。
流れていたのは、「チェリー」

はっきりと憶えていたのはサビの部分。
適当に、口ずさんでみる

―「愛してる」の響きだけで 強くなれる気がしたよ
ささやかな喜びを つぶれるほど抱きしめて―

ふと、頬が濡れた感触。
触ってみると、涙だった。
何故か解からないが、ぼろぼろと溢れてくる其れ。

何時か感じた、此の気持ち。
何時の事だったろうか。どのくらい前の事だったろうか。
思い出せないけれど。経験した。感じた。
幼いながらも、はっきりと。
今でも憶えているのが不思議だ。

流れる涙を拭いながら、陽の光で暖められたベッドに体を委ねる。
リモコンを取って、リピートを1回押す。
コンポの表示が少し点滅し、1曲だけを繰り返し奏でるようになる。
目を閉じ、少し考える。
ぼんやりと、昔見た風景が甦って来る。

何時の日だったか。
同じ気持ちで居た自分が居る。
とても小さな、思い出。
今迄思い出さずにもいた、其れと似ている 何か。

百合の事を、考える。
彼女の、柔らかな笑顔、悲しそうな笑顔、少し大人びた横顔。
自分でも気が付かなかった、小さな小さな想い。
がばりと起き上がる。

若しかして、若しかすると。

急いでケータイを開いて、メールを打つ。
『送信』
宛先は、百合。君だ。
俺の気持ち。今の、柔らかな彩を。
受け取ってくれ。

握り締めていたケータイが震えて、メールを受信した事を告げる。
急いで見る。

気持ちは晴れ、晴天だ。雲ひとつ無い。
まるで、春が来たときのようだ。

そう、此れだ。
此の気持ちだ。

柔らかな此の喜びが、チェリーと同じならば。
彼女は。
俺は。

「ぃやったぁー!!」
歓喜に満ちた声が、部屋に響いた。